2012年10月

東北の未来

                           

本州北端の辺境に生きることを余儀なくされ、高度成長に取り残された人々が食べて行くために已むに已まれず原発を選択した下北半島。そこは、官軍による理不尽な会津藩士の転封地でもあった。今再び、故郷福島の人々は原発事故と中央政治の機能不全という棄民政策に翻弄されている。従って、転封藩士の故郷福島の惨状は、下北半島の来たるべき未来でもある。

震災避難場所として女川原発が機能したとして核廃棄物の処理が出来なければ、未来はない。東北の盟主である宮城県の津波被害は、広がる平野に比例し桁外れに激甚なものであった。石巻や気仙沼、南三陸町・・・等しく被った人々の被害の平等性に対して、限られた復旧・復興予算配分の選択と集中に取り残されてゆく人々や産業の未来を放置してはならない。

被害者の命や生活が染み込み泥や混合物のカオスとなった災害廃棄物は、生き残った地元作業員が手間暇かけて分別をする。その中で最も良質な木屑類を“瓦礫”と称したために、全国から忌避される異常事態を招いている。騒がず、黙って受け入れる秋田と山形は、被災地に寄り添う親族である。穏やかな日本海航路で栄えた北前船は今も人々の心を豊かにしている。

地震国の宿命とは言え三陸沿岸は60~100年周期で津波に襲われる。つい戦前まで度々山背が吹けば、飢饉も避けられない。美しくも厳しい自然に抱かれながら宮沢賢治や石川啄木は貧困を乗り越えた教育の勝利である。独立自尊の武士道は後藤新平や新渡戸稲造に結実した。藤原四代の治世は鎌倉と下剋上を越えている。岩手の過去は、日本の未来の指針に満ちている。

 

・吉川 団十郎 特に秀逸曲 「北天無常」

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