2013年1月

備えあれば、憂いなし

1995.1.17は、阪神淡路大震災があった。その半年ほど前、創業間もない会社の売上創出のために尾道の支援者にビジネスの手掛かりを求めて出かけた帰り道、仲間とともに車で神戸市内を観光見物したものだった。その後、煌めくような歴史文化と現代の経済的繁栄が培った落ち着いた清潔な街を来ないと言われていた筈なのに突然、直下型の大地震が襲った。

2011.3.11は、東日本大震災・大津波があった。7年半前、釜石湾を目の前にする鉄工団地に企業立地する時、骨を埋める覚悟であればこそ、来るべき津波に備えて少なくとも竟の住処は高台でなければならないと大平町の住宅街を隈なく歩き回ったものだ。その後、普段は風光明媚で穏やかな三陸の海岸をやはり、とうとう来たかと地震と大津波が襲ったのである。

三陸沿岸の陸地は北上高地の岩盤に支えられているので、地震による被害は皆無に近い。60年周期の大津波襲来は大地震発生から30分程の間隔があるので、健常者は近くの高台等安全な場所へ逃げられる。しかし、素早く逃げられない高齢者や幼児等の住宅や病院、老人ホーム、保育園等は予め安全で快適な現代的高層ビルへの集約が有効と考えている。

2度あることは3度あるので、事業のもう一つの拠点の東京では、房総沖などの震源地や直下型の地震が何時か必ず来ると言う不安が確信に変わりつつある。関東大震災後の後藤新平氏の東京復興計画は道半ばだ。消防自動車も入れない木質住宅密集地域の区画整理を放置して、オリンピック誘致に現を抜かすしっぺ返しが必ず来ることを覚悟すべきである。

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