5年目の春・・・復興と再生

5年前のように凍える3月11日迎えた。屈託なく花見を楽しめる日は未だ遠い。

普代村は明治と昭和の2度の津波被害に学んで、3度目の人的被害を食い止めた。3重の堤防と水門で津波の破壊力を弱め、河川敷の防災林と緩衝帯で津波の攻撃力を吸収した。必ず来る災害に、最悪の事態を想定して2重3重に備えれば人的被害が防げる見本である。

今だ17万人を越える東北大震災・津波の難民、道半ばの三陸浸水地域の嵩上げ工事、帰還困難な福島の遥かな故郷。東北の人々は自然災害に命を奪われる歴史を生きてきたが、自然災害を生き延びても何時までも普通に生きられないのであれば、人災の領域と言える。

東京直下型地震、東南海地震が予想されるが、消防自動車が入れない木質住宅密集地区の網目、上下水道の断裂に弱い高層耐震ビル群、地震から5分で押し寄せる津波の速度にどう備えるのだろう。東北の惨状を放置して来るべき関東や東南海地震災害が防げるのか。

人口減少、過疎化した地域が津波に挫けず、被災の追い打ちを跳ね返して再生を遂げる。東北は岩盤が固いので工場立地に適し、自然が豊かなので食料と再生エネルギーの供給が可能な地域である。災害防御態勢を鉄壁にして、国の経世済民の持続可能性を支えるのだ。

自然の意思に従い、先人の知恵に学び、隣国と争わず、子孫のために生きようと思う。

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