2018年4月

八幡平市立松尾中学校修学旅行・自主研修訪問について

IMG_20180420_105036.jpgIMG_3624.JPG

 

 

 

 八幡平市立松尾中学校では、生徒の主体的な学習態度を育てるために、修学旅行に於いてグループ別研修を実施しています。これは、東京で事業をしている八幡平市出身者に実際に会って話を聞くことを通して、生徒がその生き方に触れ、体験を踏まえた学びの機会をとすることをねらいとしています。また、首都「東京」と自分たちのふるさと「岩手・八幡平市」のつながりの良さを考え、「岩手・八幡平市」について改めて考える機会にしたいとの学校の考えがあります。

 この企画は八幡平ふるさと会事務局長高橋和一氏(ふるさと大使兼任)が川崎市内の元小学校校長だった経歴で松尾中学から問い合わせが入り、氏の采配で今年の本修学旅行に取り上げられた経緯です。

 上記の趣旨で平成30年4月20日10時~12時、5人の生徒さんに弊社の事務所を訪問して頂きました。弊社を自主研修先として選んで頂けたことは光栄であり、大変有り難く思う次第です。又、普段は目の前の仕事に忙殺されるばかりで、自分の仕事を客観的に眺める機会は少ないので、改めて創業期の初心や今後の展望を確認して、事業意欲を鼓舞する大変良い機会となりました。

 訪れた5人の生徒たちは、先生の引率もなく自分たちだけで会社に辿り着き、会社の事務所では、姿勢がよく、礼儀正しく、あらかじめ会社情報をホームページで調べて各自の質問項目を準備し、協力し合って順番に質問を頂いたので、こちらの想いや説明もスムーズに伝えられた次第です。

質疑応答の内容は、下記です。

・東京から見た岩手県や八幡平市の良さ、魅力はどのようなところですか。

A.何と言っても自然の豊かさ、食材の新鮮さ、美味しさです。八幡平市では左に岩手山、右に八幡平の世界遺産とも思える絶景を眺めながら、厳しい冬にじっと耐えて迎える春の嬉しさ。私は海抜1000メートルの松尾鉱山で生まれて育ちました。10月に初雪が降り11月に根雪になって、2月は時々休校になるほどの地吹雪の中で暮らすので、4月の雪解けの暖かい陽射しの下で眺めたねこやなぎの柔らかな芽が、今でも印象的です。

・今の仕事のやりがいや楽しさ、苦労は何ですか。

A.廃棄物を運搬する仕事を東京で行っていますが廃棄物は燃やしたり、埋めたりするだけだとただのゴミですが、エネルギーとして再利用するための装置開発を釜石で行っています。今世紀に100億の人口爆発が予測されるので、持続可能な地球環境のため役立ちたいと思うやりがいと楽しさがあります。

・これからの岩手県や八幡平市を担う私たち中学生に望むことは何ですか。

A.四季折々の厳しく美しい自然に包まれ家族仲良く暮らす中で、忍耐強く、謙虚で、素直な、世界の人々からも好かれる大谷翔平君のような青年が育つのだと思います。自分の思った通りに生きることが一番幸せと思うので、自分の思った通りに生きて下さい。

・なぜ、この仕事に就こうと思ったのですか。

A.大きな社会問題になっていた廃棄物の不法投棄や環境問題を解決する仕事に取り組むことに生きがいを感じて脱サラしました。東京で会社を興して、医療廃棄物を中心にして廃棄物収集運搬事業を始めました。

・東京都と八幡平市の共通点や違う点は何ですか。

A.人が暮らす場所として、東京は情報や人やお金が集まり仕事も沢山あり、便利です。しかし、競争が激しく、人間関係も希薄で、ストレスなども溜まりやすい難点があります。

八幡平市は、自然が豊かで美しく、食材が新鮮で美味しく、温泉やスキーなど生活の楽しみがあります。仕事や縁故を生かして両方の良さを楽しむのが一番良いのではと思います。

・ここではどういう仕事をしているのですか。この仕事は世の中でどんなことに役立っていますか。

A.平成5年から廃棄物の収集運搬事業を東京で行い、病院からでる医療廃棄物、産業廃棄物、一般廃棄物等色々なものを扱っています。平成17年から廃棄物を資源化する装置開発を釜石で行っています。廃棄物を資源として社会に循環させる事業を通して、地球の持続可能性に役立ちたいと思います。

・ムゲンシステムのムゲンとは何ですか。バイオマストイレは何ですか。

A.人間はじめ、生物の生命には限りがあります。しかし、地球は自然資源を循環せることで46億年続いてきました。この先も地球が続いて行くためには自然資源を枯渇させるのでなく、循環させることにより可能な限り無限に続くことを目指したいと言う意味です。

バイオマストイレは、微生物の力を借りて人間の排泄物を分解して、水洗水循環式、移動可能、汚水排水と汚泥汲取りがない人間と環境に優しい仮設トイレです。災害時体育館等に雑魚寝を余儀なくされる避難場所では、被災者が臭く汚く、膝を曲げ、夜は怖い仮設トイレに行くのを減らすため、水分補給を我慢し、エコノミー症候群で体調を崩してしまい、最悪の事態災害関連死が多発しています。この状況は、阪神淡路大震災以降も新潟地震、東日本大震災、熊本地震と未だに繰り返されています。

・被災地では実際にどのようなことをしているのですか。

A.平成23年3月11日釜石工場は東日本大震災の津波で流されました。沿岸部の木造住宅は壊滅でしたが、10階建鉄筋コンクリートビルは健在だったので、嵩上工事に7年以上を掛けるより、老人ホーム、病院、幼稚園等を沿岸部でも安全で快適な耐震高層ビルに造れば、普段快適に暮らせて、いざと言う時は逃げる必要もなく、上から津波を見物していれば良いのではと思います。工場が被災して以来は、別会社を興して釜石地域の災害廃棄物処理事業と復旧・復興土木工事そして福島県で除染作業も行っています。被災者の生活再建と被災地域の社会基盤整備や被災地の再生に役立ちたいと思います。

・被災地で、進めるうえで、ブレーキになっていることは何ですか。

A.今の復旧・復興事業は人口減少や過疎化の津波前に戻ることであり、関東大震災時の岩手県出身の東京府知事後藤新平さんのような100年後の全体ビジョンがないことです。